フェルデンクライス・メソッド

Feldenkrais Method

フェルデンクライス・メソッドの

     創始者


 


         
★モシェ・フェルデンクライス 
Moshe Feldenkrais
(1904−1984)

モシェ・フェルデンクライスは、物理学博士でもあります。


1904年 旧ロシア領で生まれました。

13才の時、彼は1人でパレスチナに向かい、1年かけてたどり着き、イスラエルの開拓者として労働に従事。

その後、数学を学び、教師や地図製作者として働いた。

20代の時、パリのソルボンヌ大学に留学。

物理学と電子工学を学び、博士号を取得する。

ノーベル賞物理学者 ジュリオ・キュリーの初期の原子核研究のアシスタントを努める。


パリで、講道館柔道の創始者である嘉納治五郎と出会い、ヨーロッパで最初の黒帯保持者の1人となる。

指導者としてヨーロッパに柔道を紹介した、現在のフランス柔道の骨格を作った人でもあります。


第二次世界大戦中は、
英国海軍の科学者として
水中音波探知機の研究開発に従事。


モシェ・フェルデンクライスは、
若い頃にスポーツで膝に大怪我をし、
当時の医学では運動能力の回復は困難とされました。


しかし、彼は、自分の為に様々な研究をし、自力で回復し 歩けるようになる。

その後も、脳と体の関係を研究し続け、
フェルデンクライス・メソッドの元となりました。

モシェは核物理学の研究を続けるか
フェルデンクライス・メソッドの道を進むか悩んだ末、メソッドの方を選びました。

彼の母親は、
『息子はノーベル物理学賞をとれたはずなのに、マッサージ師になってしまった。』
と冗談めかして言ったそうです。
(『脳はいかに治癒をもたらすか』ノーマン・ドイジ著 より)


モシェの生み出したメソッドは、
イスラエルの建国の父といわれる
ベン・グリオン元首相の健康回復の成功などから次第に広まり、
世界中から体に障害を持つ人や、アーティストなどが訪れるようになります。


演出家ピーターブルックや
バイオリニストのユーディ・メニューイン
指揮者のイーゴリ・マルケヴィチなど、
世界的なアーティトと仕事をしていました。